トピックス
代謝を整える物質が脳の変性を防ぐ可能性毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-Telangiectasia、略称AT)は、遺伝子の異常によって起こる希少疾患です。患者さんは運動の調節が難しくなるだけでなく、成長障害や筋肉の萎縮、糖代謝の異常など、全身にわたる問題を抱えています。しかし、こうした「体の代謝の乱れ」が、なぜ脳の神経細胞の変性につながるのかは、長年の謎でした。
今回の研究では、その仕組みの一端が明らかになりました。鍵を握るのは「インスリン」と「代謝の柔軟性」です。
通常、インスリンは血糖を下げるだけでなく、細胞に「エネルギーの使い方を切り替える」指令を出します。ところがATでは、この切り替えがうまく働かず、ブドウ糖を使う代謝が低下。その代わりに、細胞はグルタミンというアミノ酸に頼るようになります。この「グルタミン依存」状態は、筋肉の分解やアンモニアの増加を招き、さらに脳の神経細胞にも悪影響を及ぼすことが分かりました。
特に小脳のプルキンエ細胞は、運動の調整に欠かせない重要な神経細胞です。研究では、ATのマウスでこれらの細胞が選択的に失われ、運動機能が低下することが確認されました。 では、どうすればこの悪循環を断ち切れるのでしょうか?
研究チームが注目したのは、グルタミン代謝の中間体であるα-ケトグルタル酸(α-KG)です。この物質は、エネルギー回路に直接取り込まれ、代謝を助ける働きをします。ATのマウスにα-KGを与えたところ、グルタミンの過剰利用が抑えられ、アンモニアの増加も防げました。その結果、筋肉量の維持、インスリン抵抗性の改善、さらには小脳の神経細胞の損傷も軽減され、運動機能が回復したのです。
この成果は、ATという難病に対して「代謝を整える」という新しい治療戦略の可能性を示しています。まだ動物実験の段階ですが、将来的には患者さんの生活の質を大きく改善する一歩になるかもしれません。
紹介論文: Alpha-ketoglutarate mitigates insulin resistance and metabolic inflexibility in a mouse model of Ataxia-Telangiectasia. Nature Communications 2025