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腸管グリア細胞に注目したヒルシュスプルング病治療の新たなアプローチ

ヒルシュスプルング病(Hirschsprung disease: HSCR)は、先天的に消化管の神経叢においてニューロンを欠損する難治性の腸疾患です。本邦では約5,000人に1人の割合で発症し、やや男性に多いことが知られています。ニューロンを欠く領域は症例により様々ですが、主にS状結腸から肛門にかけての下部消化管の神経節で欠損が見られます。結果として蠕動運動が著しく阻害されるため、重度の便秘や腸閉塞といった症状を呈します。

従来のHSCR研究では、その病態から腸管ニューロンに注目が集まってきました。一方、腸管神経系にはニューロンのみならず、ニューロンを支持・栄養するグリア細胞が多数存在し、多様な腸管の機能調節に働いています。筆者らは、このグリア細胞の寄与に注目して、HSCRの新たな発症メカニズムおよび治療標的の特定を試みました。

まず、非HSCR患者から採取された腸管のサンプルから腸管神経系の細胞を取り出し、遺伝子発現プロファイルに基づく分類を試みました。その結果、グリア細胞には、従来知られていた遺伝子発現の特徴を持つ古典的な腸管グリア細胞(Enteric Glia: cEG)と、それとは異なる発現プロファイルを持つシュワン様腸管グリア細胞(Schwann-like Enteric Glia: sEG)という二つのクラスが存在することが分かりました。また、両クラスは腸管の部位・領域を問わず存在するほか、ヒトのみならずマウスにも類似したクラスが存在するなど、種間での保存性が高いことも確かめられました。

特にsEGでは、細胞外マトリクスの組織化やニューロン新生など、HSCR発症との関連が疑われる遺伝子の発現が盛んであることが分かりました。このことから筆者らは、グリア細胞の中でもsEGがHSCR発症に深く関わっているのではないかと考えました。

健常者の腸管神経節、HSCR患者の異常な神経節、HSCR患者のニューロンを欠く神経節(無神経節)の3種類のサンプルを解析したところ、HSCR患者の正常な神経節は健常者のそれと細胞の種類に大差がなかった一方で、無神経節はEGを欠きつつsEGが保存されていることが分かりました。前記の通りsEGではニューロン新生に関わる遺伝子の発現が盛んであったことから、筆者らはsEGの活動を調節することでニューロン新生を促進できるのではないかと考えました。HSCRモデルゼブラフィッシュの腸管を採取し、ニューロン新生を制御することが知られているセロトニン受容体作動薬であるプルカロプリドを投与したところ、ニューロンの欠損が認められていた下部消化管において有意にニューロンが増加しました。このことから、セロトニン受容体作動薬はsEGの機能調節を介してニューロン新生を促進する可能性が示唆されました。

HSCR発症におけるEGの役割はいかなるものか、また本研究において出生後に優位になることも明らかにされたsEGが先天的なHSCR発症にどう寄与するのか、といった疑問は残ります。しかしながら、本研究は腸管グリア細胞の新たな類型を提唱し、HSCRの発症メカニズムと治療標的に新たな光を当てた点で、非常に意義深いものと考えられます。

紹介論文: Human Enteric Glia Diversity in Health and Disease: New Avenues for the Treatment of Hirschsprung Disease. Gastroenterology 2025 May 16; 168(5): 965-979.e12.

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