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心臓による感情状態の調節

感情は身体の生理機能に影響し、例えば不安は心拍数を速めます。しかし、逆に心拍数の上昇自体が不安や恐怖心を引き起こすのかは不明でした。本研究では、脳領域のひとつである島皮質(pIC)に注目しました。島皮質は、体の内部状態を感じ取る「内受容感覚」と感情を結びつけ、自己認識の形成に中心的な役割を果たすことが分かってきています。まず筆者らは、心拍の増減を制御する光ペースメーカーを開発しました。これは、光感受性タンパク質ChRmineを心筋細胞に発現させ、赤色光で活性化し心拍数を上昇させるものです。また、青色光感受性タンパク質iC++を用い、特定の脳領域の神経活動を抑制する技術も使用しました。これらを用い、動いているマウスで行動実験を行いました。

次に、光ペースメーカーで心拍数を増加させた影響を調べました。即時型場所嗜好性(あるいは嫌悪性)試験では光刺激自体はマウスにとって不快ではないことが示されました。一方、高架式十字迷路とオープンフィールド試験では、閉じたアームを好み中央領域を避ける傾向が見られ、心拍数の増加が不安行動を増加させると考えられました。さらに、リスク下での報酬探索を測る葛藤試験でも、心臓ペーシングを受けたマウスは、電気刺激時にレバー押し行動が減り、不安レベルの上昇が示されました。続いて、心拍数増加が脳のどの領域の活動を変化させるか調べました。解析の結果、前頭前皮質、島皮質(pIC)、脳幹などの自律神経ネットワークの活性が見られました。内受容性処理に関与しない他の皮質領域は活性化しませんでした。特に、内臓感覚の中枢であるpICでは、心臓ペーシング時にニューロンが即座に活動を増加させ、ペーシング中持続的に活動し、身体状態を監視していることが示唆されました。

さらに、pIC領域の活動を抑制すると不安が軽減するか検証しました。心拍増加と同時にiC++でpICの活動を抑制したところ、葛藤試験や高架式十字迷路において、不安行動の有意な減少(回復)が見られました。対照的に、mPFC(内側前頭前皮質)を阻害しても不安行動は減少しなかったことから、この効果はpICの阻害に特異的であると言えます。本研究は、光で誘発した頻脈自体は嫌悪的ではないが、危険な環境(ショックのリスクがある状況など)に置かれると、不安様行動や心配行動を誘発することを明らかにしました。また、「心臓からの感覚(内受容感覚)」や「不安」の処理にpICが関与しており、心臓ペーシングによる不安行動はpICの活動を光遺伝学で抑制するとブロックされることが分かりました。本研究で用いた技術は、心臓に限らず多様な生理学的システムに応用可能であり、健康や病気における身体システム間の複雑な相互作用の解明に貢献すると考えられます。

紹介論文: Cardiogenic control of affective behavioural state. Nature 615, pages 292–299 (2023)

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