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母体の鉄不足がマウスの雌雄転換を引き起こす哺乳類の雌雄は、性染色体の組み合わせによって決定します。通常、XY染色体を持つ個体はオスに、XX染色体を持つ個体はメスに分化します。しかし本論文では、妊娠中のマウスにおける鉄不足が、この性染色体による性決定を覆し、雌雄逆転を引き起こす可能性があることが示されました。
マウスの性決定は、妊娠後約11日に生じます。そこで、妊娠後11日のXY染色体をもつマウス胚の生殖腺を解析したところ、H3K9脱メチル化酵素KDM3Aの発現が亢進し、鉄が生殖腺内に蓄積していることが明らかになりました。そこで、Cre/LoxPシステムを用いて、鉄を細胞内に取り込むTFR1トランスポーターを妊娠11日に特異的にノックアウトしたところ、生殖腺内の鉄濃度が減少し、一部のXY染色体マウス胚で卵巣が発達しました。
さらにin vitro実験において、XY染色体をもつ生殖腺から鉄を除去すると、KDM3AによるH3K9me2の脱メチル化が抑制され、それに伴い精巣の発達に重要なSRYの発現も低下することが確認されました。
加えて、妊娠マウスに鉄キレート剤を5日間投与した場合の仔マウスを解析したところ、SRYの発現が低下し、一部のXY染色体マウスで卵巣が発達していることが観察されました。一方、鉄を除去したエサを妊娠マウスに与えた場合には、SRYの発現は低下したものの、卵巣が発達した個体は認められませんでした。
これらの結果から、妊娠中の鉄欠乏が胎児の生殖腺における鉄代謝やエピジェネティック修飾(H3K9me2の脱メチル化)に影響を及ぼし、SRYの発現を抑制することで、本来の性染色体による性決定とは異なる性分化、すなわち雌雄逆転が生じる可能性が示されました。特に、妊娠後11日という性決定の臨界期における鉄の重要性が明らかとなり、母体の栄養状態が胎児の性分化に与える影響について明らかになりました。
紹介論文: Maternal iron deficiency causes male-to-female sex reversal in mouse embryos. Nature; DOI: 10.1038/s41586-025-09063-2.