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虚血性脳障害を改善する新たな薬剤

 低容量ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬は、血糖値を下げるだけでなく、心腎保護作用を持つことが、近年分かってきました。しかし、血管が詰まることで脳内にグルコースや酸素が行き届かなくなり、脳細胞が壊死してしまう、虚血性脳卒中における有効性については議論が分かれています。この研究では、非糖尿病マウスの永続的中大脳動脈閉塞(pMCAO)モデルを用いて、SGLT2阻害薬であるルセオグリフロジンの急性虚血性脳卒中に対する効果を示しました。

 pMCAOモデルマウスへの血糖値に影響を与えない程度の低容量ルセオグリフロジンの前投与は、pMCAO後の梗塞容積(血管に詰まりが生じている容積)、血液脳関門の破壊、運動機能障害を有意に減少しました。またSGLT2が脳内でどのように発現をしているのか調べたところ、SGLT2は脳血管内皮細胞を取り囲む周皮細胞で発現しており、梗塞内部及び周囲で、発現が亢進していました。梗塞内部でSGLT2の発現量が増加することにより、梗塞領域でのグルコースの取り込みを促進している可能性があります。また、ルセオグリフロジンの事前投与は、虚血部位における周皮細胞の喪失を減少させました。周皮細胞は、血液脳関門という血液から脳への物質の移動を制御する構造にとって、非常に重要であるため、SGLT2阻害薬は脳の恒常性維持において有用である可能性があります。また、培養された脳周皮細胞において、ルセオグリフロジンはAKP活性化プロテインキナーゼαを活性化し、ミトコンドリア転写因子Aの発現とミトコンドリア数を増加させ、酸素・グルコース欠乏に対する抵抗性を付与しました。SGLT2阻害剤は、SGLT2を発現している周皮細胞に直接作用して、グルコースの取り込みを阻害し、細胞内ATP濃度を低下させることで、AMPKαの活性化を誘導すると考えられます。

 以上より、脳卒中前のSGLT2阻害は、血糖効果作用とは独立して脳周皮細胞における虚血耐性を誘導し、虚血性脳障害の軽減に寄与しました。本研究において最も重要な点は、血糖値に影響を与えない非常に低容量のSGLT2阻害薬を用いて、非糖尿モデルマウスの虚血性脳卒中に対する前治療効果を示したことです。最近ではSGLT2阻害薬の血糖値コントロールではなく、様々な細胞または臓器への直接的な薬理作用による有益な効果が注目されています。本研究においても、低容量ルセオグリフロジンの効果は腎臓の近位尿細管におけるSGLT2機能阻害による血糖値の低下ではなく、SGLT2発現周皮細胞への直接作用である可能性があります。 そのため、脳卒中前における低容量SGLT2阻害薬の投与は、非糖尿病患者においても、脳損傷及び神経機能障害を軽減する新たな予防戦略となる可能性があります。

紹介論文: Low-dose sodium-glucose cotransporter 2 inhibitor ameliorates ischemic brain injury in mice through pericyte protection without glucose-lowering effects Communications Biology, 5, 653, 2022.

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