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食紅を塗って生体組織を透明化

 多くの生物の身体が透明でないのは、表面を覆う皮膚や外骨格に様々な物質が含まれており、光が当たったときの屈折率がそれらの物質間で異なるためです。体表に照射した光がそれらの物質にあたって屈折・散乱する結果、より内側にある組織に到達し反射されて我々の目に入ることがなくなるため、身体は不透明で筋肉や内臓は見えない状態になります。

 生命科学研究における「組織透明化」とは、その名の通り、光が透過するような化学的処理を行うことで組織内部の観察を可能にする技術です。とりわけ、切片の作製によることなく脳を三次元観察することができる手法として開発が進められてきました。

 近年注目されていたのは、組織内部での光の散乱を低減する上で必要になる屈折率の調整でした。原則として生体組織は大気や水溶液に比べて屈折率が高いため、組織の屈折率を下げるか、観察環境(周囲のバッファー)の屈折率を上げるかする必要があるからです。これには特定の有機化合物が必要であることが知られていましたが、生体に適する有機化合物は見出だされていませんでした。また、有機化合物によって屈折率を調節できる原理も解明されていませんでした。

 本研究では、二つの数理モデルによる候補のスクリーニングを行いました。まずKramers-Konig関係式を用いて特定の位置・幅・ピークの吸光スペクトルを有する物質を生体組織に導入した場合の屈折率の変化をシミュレートしました。さらに、Lorentzモデルを用いて吸光ピーク依存的な光透過性の変化を検討しました。その結果、420nm付近に吸光ピークを持つ色素Tartrazineが有効な候補に挙がりました。Tartrazineは本邦でも「黄色4号」という食用色素として市販されており、水溶性かつ生体への毒性が低い有機化合物です。

 まず、屈折率の大きいシリカゲル粒子のコロイド溶液にTartrazineを加えると、従来組織透明化に使われていたグリセロールと比べても透明度が非常に大きく上昇しました。次に、Tartrazine水溶液を除毛したマウスの腹壁に塗り込むと、徐々に表面の光透過性が上昇し、最終的に胃・肝臓・小腸・大腸といった内臓を外側から視認するに至りました。更に、Tartrazineによって透明度が上昇した際の濃度依存性や分解能を調べたところ、生体イメージングに実用できる水準であることが分かりました。これを踏まえた上で、マウスの腸管神経叢に赤色蛍光タンパク質を導入し、腹壁を透明化させて体表から観察すると、腸管神経叢と蠕動運動に呼応した動きの可視化に成功しました。

 この論文の発表以降、生体不活性物質を溶かして屈折率を上げた人工脳脊髄液を介することによる生体脳透明化(Franzesi et al.)や、BSAを含有する特殊なバッファーによる生細胞・組織・個体の透明化(Inagaki et al.)といった新規生体透明化技術が、矢継ぎ早にプレプリントで報告されています。①生体組織の透明化を実現し、②屈折率調節の原理と適する有機化合物の性質を示唆した本論文は、生体組織透明化技術の開発に先鞭をつけたゲームチェンジャーといえるかもしれません。

紹介論文: Ou et al., Achieving optical transparency in live animals with absorbing molecules. Science, 385, 6713, 2024

※上記Science論文に対して、Tartrazineの塗布による透明化は、死細胞からなる角質層を透明化することはできているが、その奥にある生細胞からなる組織を透明化することはできていないだろうというプレプリント論文が最近発表されました。その論文内では、表皮では死んだ細胞からなる角質層が強く光を散乱させているため、屈折率の大きい溶液をそこへ浸透させることで角質層の透明化を図ることは確かにできる。しかし、角質層のバリア機能は、その下の生きた細胞までTartrazineを浸透させないため、生体の表皮を透明化させることはできないのではないか?ということを実験で示しています。今後の議論から目が離せません。
論文:Inagaki et al., Tartrazine cannot make live tissues transparent. bioRxiv, 2024

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