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GLP-1受容体を標的としたNMDA受容体アンタゴニストによる肥満治療の可能性主要な神経伝達物質であるグルタミン酸に対する受容体のうち、NMDA受容体は脳の幅広い部位の神経細胞に発現しています。NMDA受容体アンタゴニストによってその機能を阻害すると、アルツハイマー型認知症などの神経疾患に対する治療効果が認められるほか、近年では抗肥満効果があることも報告されています。しかし、NMDA受容体アンタゴニストには発熱や多動をもたらす副作用があり、臨床応用は難しいと考えられてきました。
コペンハーゲン大学らの研究チームは、NMDA受容体アンタゴニストの一種MK-801を、腸管ホルモンの一種グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)と結合した形で合成しました。この合成化合物GLP-1-MK-801は、脳の中でもGLP-1受容体を多く発現し、食欲の制御に深く関与する視床下部の神経細胞に選択的に届きます。食餌性肥満モデルマウスにGLP-1-MK-801を投与したところ、MK-801単体やGLP-1単体を投与したときよりも顕著な体重減少、食欲抑制効果が認められ、血中のコレステロールや中性脂肪の濃度も低下しました。また、MK-801に比べて発熱や多動を引き起こすこともなく、従来懸念されていた副作用も少ないことが分かりました。MK-801部分を不活性化させたり、結合させるホルモンをグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)やペプチドYY(PYY)に変更したりすると効果が減弱したことから、GLP-1受容体を発現する神経細胞に到達し、その神経細胞でNMDA受容体の機能を阻害することで強力な相乗効果が得られると示唆されました。
GLP-1-MK-801を投与したマウスの視床下部で遺伝子発現を網羅的に解析したところ、シナプス伝達やグルタミン酸受容にかかわるシグナル経路が大きく変動していたことが分かりました。このシグナル経路は、BMIが変動したヒトのゲノムに見られる一塩基多型の属する経路と共通しており、抗肥満効果の重要なメカニズムと考えられました。
以上の結果から、GLP-1-MK-801は非常に有望な抗肥満薬となる可能性があると考えられます。今回の研究で用いられた、特定のタンパク質受容体を発現する細胞特異的に薬剤を届ける技術は、様々な受容体や様々な疾患に応用可能であり、今後の創薬技術の発展が期待されます。
紹介論文: Petersen et al., GLP-1-directed NMDA receptor antagonism for obesity treatment. Nature, 629, 1133-1141, 2024