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脳の免疫を制御する眼球-脳リンパ連関

 リンパ管は、毛細血管からしみ出した組織液、老廃物、病原体などの異物を取り込み、リンパ節で異物に対する免疫応答をしながら静脈へ回収する組織です。一方、血液脳関門という特殊な血管構造を持つ器官である脳は、通常の組織液とは異なる脳脊髄液で満たされており、リンパ管は存在しないとされてきました。しかし近年になってその存在が明らかとなり、脳由来のリンパ管が脳脊髄液を取り込み、首の深部頚リンパ節に繋がっていることが分かりました。この深部頚リンパ節には、眼の内部に満たされた眼房水を取り込むリンパ管もつながっているとされています。そのため、眼と脳の免疫系がリンパ管を介して相互作用している可能性が考えられますが、実体は未解明でした。

 イェール大学らの研究チームは、脳炎を引き起こすウイルス感染モデルを用いてこの謎に取り組みました。マウスの脳室内に単純ヘルペスウイルス感染させると致死性の脳炎を発症しますが、事前に不活性化ウイルスをワクチンとして脳室内に接種することで脳炎の予防が可能です。様々な部位に不活性化ウイルスを接種したところ、眼の水晶体より後方の後房部に接種したときのみ、脳室内に接種したときと同様の脳炎予防効果が得られました。その理由として、脳室内または後房部に接種したときのみ、脳脊髄液内でウイルスに対する抗体濃度が上昇していることが分かりました。また、後房部に蛍光色素を注入すると深部頚リンパ節への移行が見られたこと、さらに眼球内に蛍光色素を注入してリンパ管を活性化させると脳室内への移行も見られたから、後房部由来のリンパ管が眼房水を取り込み、深部頚リンパ節を介して脳室にも接続していることが分かりました。

 RPE-65という遺伝子の欠損によって起こる遺伝性網膜ジストロフィーという眼の疾患には、網膜にアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を感染させてRPE-65遺伝子を導入する遺伝子治療が有効とされていますが、複数回AAVを感染させると免疫反応が起き、遺伝子導入効率が低下することが問題でした。そこで、マウスの網膜にAAVを感染させる際、深部頚リンパ節の結紮や、リンパ管不活性化剤の投与を行うと感染効率が改善しました。このことから、後房部のリンパ管から深部頚リンパ節を介した免疫系を操作することで、遺伝子治療の効率化に結びつくことが示唆されました。

 以上の結果から、眼の後房部と脳は深部頚リンパ節を介してリンパ系でつながっており、深部頚リンパ節の活性化が脳室内の免疫応答に重要であること、反対に深部頚リンパ節の不活性化により網膜の遺伝子治療効率化が図れることが明らかとなりました。

紹介論文: Yin et al. Compartmentalized ocular lymphatic system mediates eye–brain immunity Nature 628, 204-211 (2024)

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