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自閉症スペクトラム障害における腸炎と社会参加意欲の相関に腸内細菌が関与

 自閉症スペクトラム障害(ASD)をはじめとする複数の神経疾患患者では、社会参加意欲の低下や他者への関心の減退といった行動の変化が広く見られます。同時にこれらの疾患では下痢や便秘、腹痛といった消化管の機能障害を併発しやすいことが知られています。

 近年の研究で、精神疾患患者では腸内細菌叢の組成が健常者と異なり、健常なヒトの腸内細菌叢の精神疾患モデル動物への移植によって諸症状が改善されることが報告されてきました。しかし、モデル動物の作出には遺伝子の改変が必要であることが多いため予期せぬ影響を無視できず、また細菌叢もドナーにより多様であるため、症状の改善に有効な細菌種の同定が困難でした。そこで本研究では、ASDで発症率の高い腸炎の経験と社会参加行動の積極性とに相関があるのか、また、ASD患者または健常者の細菌叢を移植した際に腸炎症状に違いが出るのかを調べることで、消化管症状と行動変化の関係性を腸内細菌叢の組成という観点から明らかにすることを目指しました。

 まず、腸炎症状を引き起こすことが知られているデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の自由飲水投与により、腸炎モデルマウスを作出しました。5日間のDSS投与期間と10日間の非投与期間(回復期間)を1周期とし、2周期を経て腸炎を二度経験したマウスで行動試験を行いました。その結果、オープン・フィールドでの自由歩行時間は変化しないものの、初見の他個体と接触(社会参加行動)する時間が、健常マウスよりも腸炎モデルマウスで優位に減少していました。行動試験の時点でモデルマウスの腸炎症状自体は回復しているため、過去に腸炎を経験していることが社会参加意欲を抑制することが示唆されました。

 次に、健常者またはASD患者の腸内細菌叢を移植した無菌マウスの子孫(細菌叢も子孫に遺伝します)にDSSの自由飲水投与を行ったところ、ASD患者由来の細菌叢を有するマウスにおいて、健常者由来のそれを持つマウスに比べて腸炎が劇症化しました。この移植した腸内細菌叢はASD患者およびその2親等以内の家族である健常者から採取したものでしたが、16s rRNAシーケンスにより組成を解析すると、患者と健常者との間で保有率に顕著な違いが見られる菌種として B. uniformis と Blautia sp. が見出されました。これらをASD患者由来の細菌叢を持つマウスに移植したところ、腸炎モデルの作出を試みた際には症状が緩和され、行動試験では社会参加行動の積極性に改善が見られました。

 本研究では腸炎の経験と社会参加意欲の減退に注目して、ASD患者に認められる消化管症状と行動変化との間に相関を見出すと同時に、両者の改善に資する可能性のある腸内細菌種を具体的に示唆しました。今後は、腸内細菌の代謝産物等の中から効能の分子実態を同定し、臨床での応用可能性・一般性を検証することなどが期待されます。

紹介論文: Brown et al. Colitis reduces active social engagement in mice and is ameliorated by supplementation with human microbiota members Nature Communications 2024

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