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社会的識別機能障害の回復シナプス足場タンパク質をコードするSHANK3遺伝子は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の原因遺伝子のひとつです。げっ歯類では、SHANK3遺伝子の変異やノックアウトにより自閉症スペクトラム障害モデルが作成され、盛んに研究が行われています。ASD患者は、社会的行動や対人コミュニケーションが苦手であるという特徴をもちますが、shank3Bノックアウトマウスも同様に社会的機能障害を示します。また、社会的機能は海馬のCA2領域で制御されることが知られています。そこで筆者らは、海馬が司る社会的機能の中でも他者を識別する能力(社会的識別能力)に着目しshank3Bノックアウトマウスを使用して実験を進めました。
まず筆者らは、shank3Bノックアウトマウスを初対面のマウスまたは顔見知りのマウスと同じケージに入れて、それぞれのマウスへの調査時間を調べました。さらに、物体を用いた非社会的な認知テストも行いました。その結果、shank3Bノックアウトマウスは、新奇物体認識に問題はありませんでしたが、初対面マウスへの調査時間が野生型マウスと比較して有意に短いことが分かりました。
次に筆者らは、shank3BノックアウトマウスのCA2領域における神経細胞の組成を野生型マウスと比較しました。免疫組織化学染色により、shank3Bノックアウトマウスと野生型マウスのCA2領域の形態には違いがないことが確認されました。
続いて筆者らは、人工リガンドによってのみ活性化される人工受容体を海馬に導入し、CA2の神経細胞を人為的に活性化することを試みました。すると、人工リガンドで神経細胞を活性化したshank3Bノックアウトマウスは、初対面マウスへの調査時間が野生型マウスと同程度にまで回復することが明らかになりました。さらに筆者らは、活性化する神経細胞を、腹側CA1領域に投射するCA2の神経細胞のみに限定して実験を行いました。この実験でも、神経細胞の活性化によってshank3Bノックアウトマウスの初対面マウスへの調査時間が野生型マウスと同程度にまで回復しました。
最後に筆者らは、社会的識別能力の欠損や社会的記憶との関連が示唆されている数種類の脳波がshank3Bノックアウトマウスの社会的識別能力の欠損や回復に関与しているのではないかとの仮説を立てました。脳波の記録から、shank3Bノックアウトマウスの神経細胞を人工リガンドで活性化して社会的識別能力が回復した場合に、シーター波が増大することが明らかになりました。しかし、人工リガンドを投与していないshank3Bノックアウトマウスと野生型マウスのシーター波の大きさには差がなく、shank3Bノックアウトマウスの社会的識別能力の欠損にはシーター波が関与していないことが示唆されました。
本研究から、CA2-腹側CA1経路を活性化することで、遺伝的な社会的識別能力の欠損が改善されることが明らかになりました。ASDは根本的な治療法が確立されていないため、本研究で見出された神経回路活性化の効果が創薬や脳深部刺激療法に活かされることが期待されます。
紹介論文: Cope et al, Activation of the CA2-ventral CA1 pathway reverses social discrimination dysfunction in Shank3B knockout mice. Nature communications 14, 1750, 2023.