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腸内細菌が内臓痛・炎症に影響?

 過敏性腸症候群(IBS)の患者では、内臓知覚過敏や粘膜層の軽度の炎症が広く認められますが、その発症機構は不明でした。研究チームは、鎮痛作用や抗炎症作用を示す脂質メディエーターであるレゾルヴィンの一種Resolvin D1(RvD1)に注目し、IBS患者では、大腸でのRvD1の生合成量が減少しているのではないかとの仮説を立てました。

 まず、健常者およびIBS患者の生検サンプル中の、RvD1量およびRvD1の合成に必要な酵素のmRNA量を定量しました。すると、いずれもIBS患者では健常者に比べて優位に減少していることが確認されました。

 次に、無菌マウスに健常者またはIBS患者の糞便の移植を行いました。その結果、患者の細菌叢を移植されたマウスでのみRvD1の生合成量が減少するとともに、内臓知覚過敏や炎症性メディエーターの転写の促進が見られました。また、無菌マウスに対するIBS患者の腸内細菌叢の移植によっても同様の表現型が見られたことから、腸内細菌がRvD1の生合成の調節に働いていることが確認されました。

 さらに、特定の腸内細菌代謝物を除去した糞便サンプルを大腸オルガノイドに移植した上で、RvD1の定量を行いました。すると、グラム陰性細菌代謝物の除去によって、RvD1の生合成が促進されることが確かめられました。またその後の実験で、グラム陰性細菌代謝物は、トル様受容体4(Tlr4)を介してMitogen-Activated Protein Kinase経路(MAPK経路)を促進し、RvD1の合成の阻害に働くことが分かりました。

 最後に、RvD1の生合成に必要な酵素ALox5が腸管上皮を構成する細胞の一種であるタフト細胞で強く発現することから、タフト細胞がRvD1の生合成の場となるのではないかとの仮説を立てました。タフト細胞特異的にジフテリア感受性を付与した大腸オルガノイドをジフテリア処理したところ、ジフテリア感受性を付与しなかった場合に比べて、RvD1およびALox5の合成が抑制されました。このことから、タフト細胞がRvD1合成の主要な場となることが確かめられました。さらに、その後の実験により、腸内細菌はRvD1の合成反応だけでなく、タフト細胞の数の調節にも関与している可能性が示唆されました。

 本研究は、症状の抑制に働く因子の腸内細菌による合成阻害という観点からIBSの発症におけるRvD1の重要性に光を当て、さらに合成を阻害する反応経路および反応の場を特定した点で、新規性と基礎科学的意義を見出せるものと思われます。

紹介論文: Grabauskas et al, Gut Microbiota Alter Visceral Pain Sensation and Inflammation via Modulation of Synthesis of Resolvin D1 in Colonic Tuft Cells. Gastroenterology. 2022:1–13.

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