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膵臓がんが治る病気になる?

 膵臓がんは最も予後の悪いがんのひとつです。特に膵管にできる腺がんである膵管腺がんは、全膵臓がん患者の9割を占め、悪性度が高いことが知られています。膵管腺がんの悪性度を高める一つの要因として、膵管腺がん細胞が膵臓の周囲に分布する求心性神経に浸潤する傍神経浸潤という現象が大きく影響していると考えられています。傍神経浸潤は、高ステージの膵管腺がん患者で頻発し、神経痛や転移能の増大などに関与することが報告されていますが、傍神経浸潤の具体的な発症メカニズムは明らかになっていませんでした。

 そこで筆者らは、神経細胞と膵管腺がん細胞との間でのやり取りが、傍神経浸潤を引き起こす上で重要であると考え、両者の間で起こっている現象を分子レベルで解明することを目指しました。具体的には、細胞株レベルでの実験系とマウス個体の坐骨神経をモデルにした実験系を軸に課題に取り組んでいます。

 細胞株レベルでの実験では、神経細胞株と膵管腺がん細胞株を、培地を共有する共培養条件で培養したところ、膵管腺がん細胞の悪性度が増大することが明らかになりました。また、この原因が、神経細胞から放出されたグルタミン酸が、膵管腺がん細胞に発現するNMDA型グルタミン酸受容体に結合し、膵管腺がん細胞内での解糖系の亢進を引き起こすことが明らかになりました。このことは、マウス個体の坐骨神経に膵管腺がん細胞を移植した実験系によっても確かめています。これに加えて、膵管腺がん細胞が分泌するインスリン様成長因子(IGF-1)が、神経細胞に作用して神経細胞におけるTRPV1チャネルの発現を促進することで、神経細胞からのグルタミン酸の放出量を増加させることを見出しました。

 これらの結果を踏まえて、筆者らは傍神経浸潤の発症を抑制できる新たな治療法の可能性を提案しています。筆者らは以前に、膵管腺がん細胞に発現するCD44という細胞膜局在タンパク質のv6領域に対する認識抗体断片が、膵管腺がん細胞を強く認識するバイオマーカーとなることを見出しており、その抗体断片を含むナノ粒子が膵管腺がん細胞の細胞死を誘発する可能性を報告していました。これまでの結果から、傍神経浸潤にはNMDA型グルタミン酸受容体の重要性が明らかになったため、筆者らは既存のナノ粒子にNMDA型グルタミン酸受容体を特異的に認識する抗体断片を組み合わせようと考えました。新たに作製した二つの抗体断片を持つナノ粒子を、膵管腺がん細胞株やマウスに投与したところ、膵管腺がん細胞自体の細胞死が有意に増加し、またその効果が上皮細胞などには影響を与えないことが分かりました。

 最終的に筆者らは、傍神経浸潤における神経細胞と膵管腺がん細胞との間で起こるやり取りを分子レベルで明らかにし、傍神経浸潤を抑制することができるナノ粒子を用いた新たな治療法の可能性を見出しました。予後の悪い膵管腺がん患者に適用できれば、膵臓がんがいつか“治る病気”になる日も来るかもしれません。

紹介論文: Li et al., Glutamate from nerve cells promotes perineural invasion in pancreatic cancer by regulating tumor glycolysis through HK2 mRNA-m6A modification. Pharmacological Research, 187, 106555, 2023

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