Topics No.97

乳酸は、アルツハイマー病の治療薬となるか?

神経・脳

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乳酸は、アルツハイマー病の治療薬となるか?

アルツハイマー病は認知症の中でも特に患者数が多い疾患であり、現在も有効な治療法が限られていることから新たな治療戦略の開発が求められています。一方で、身体運動にはアルツハイマー病の発症や認知機能の低下を抑える効果があることが知られており、その一因として、運動時に産生される乳酸が注目されています。これまでの研究から、乳酸は特定の受容体を介して、経験や刺激に応じて神経回路が変化する「脳の可塑性」に関与することが示されていました。しかし、アルツハイマー病のモデル動物に乳酸を直接投与した場合に、どのような効果が得られるのかは十分に検討されていませんでした。

そこで研究者らは、アルツハイマー病モデルマウスである5XFADマウスに乳酸を週4回、1週間にわたって投与し、その効果を検証しました。行動実験に加えて、タンパク質や遺伝子発現を網羅的に調べるプロテオミクス解析とトランスクリプトミクス解析を組み合わせ、多角的に乳酸の作用を解析しました。

その結果、アルツハイマー病の症状が現れ始めた段階から乳酸の投与を開始したマウスでは、空間記憶の低下が有意に抑えられました。さらに脳内では、神経細胞同士が情報を伝える接続部分であるシナプスの構造や機能に関わるタンパク質群が回復していました。また、記憶形成に重要なグルタミン酸受容体に関連する遺伝子の発現が増加したほか、神経炎症を引き起こす炎症性物質IL-1βの量も低下していました。

一方で、アルツハイマー病の主要な病理的特徴の一つであるアミロイドβの蓄積については、乳酸による直接的な改善効果は認められませんでした。このことから、乳酸はアミロイドβそのものを減少させるのではなく、神経細胞が本来持つ保護・回復機構を強化することで、認知機能の低下を抑えている可能性が考えられます。

また、乳酸の効果にはオスとメスで違いがあることも明らかになりました。メスでは、記憶形成に関わるグルタミン酸受容体や、細胞内の不要な物質を分解・除去するオートファジーに関連する経路が主に回復していました。一方、オスでは、神経細胞から神経伝達物質を放出する前シナプスの機能に関わる仕組みが主に回復していました。この結果は、乳酸による治療効果を考える際に、性差を考慮する必要がある可能性を示しています。

本研究は、サンプルサイズが小さいことや、乳酸が作用する細かなシグナル伝達経路までは十分に明らかにできていないことなど、いくつかの限界があります。しかし、乳酸を利用することで、運動が難しい高齢者に対しても、運動によって得られる効果の一部を補える可能性が示された点で重要です。今後、乳酸がアルツハイマー病の予防・治療に応用できるかを検証するための研究につながることが期待されます。

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