神経・脳
自閉スペクトラム症(ASD)の子どもの一部(有病率・発生率ともに約30%)は、一度獲得した社会性・言語スキルを発達の途中で失う「退行」を示します。これまでの研究から、退行は「早期の軽微な兆候→見かけ上正常な潜伏期→その後の衰退」という多段階プロセスである可能性が示唆されてきましたが、その神経メカニズムは不明でした。このような発達過程の異常には、脳の興奮と抑制のバランスが深く関わると考えられています。なかでもGABA作動性のトニック抑制(シナプス外に漏れ出たGABAが持続的な抑制電流を生む仕組み)は脳回路の発達と興奮性の両方を制御しており、Fragile X症候群、Angelman症候群、Rett症候群など複数のASD関連疾患にも異常が報告されています。
本研究では、ASDモデルであるSynapsin2ノックアウト(Syn2KO)マウスを用い、若齢期(PND30)と成体期(PND120)で社会行動(嗅ぎ行動・超音波発声)を比較しました。発声を制御するPOA-PAG回路と、感覚統合を担う頭頂葉連合野(PPC)について、GABA作動性ニューロンの密度・アポトーシス(Caspase-3染色)・シナプス密度、および光・音刺激に対する神経応答を解析しました。さらに、GABAA受容体作動薬THIP(ガボキサドール)を出生時から生涯にわたり、あるいは離乳期までの短期間投与し、その効果を検証しました。
その結果、Syn2KOマウスは新生児期に軽度の発声異常を示しますが、PND30では社会性・発声とも正常に回復することが分かりました。しかしPND120になると社会的相互作用と発声が著しく退行しました。この退行の背景には、発声を制御するPOA-PAG回路と感覚統合を担うPPCの双方における、GABA作動性ニューロンの著しい減少とアポトーシスがありました。興味深いことに、PND30の時点でも軽度のCaspase-3活性化が既に認められ、症状が出る前から神経変性が進行する「潜伏期」の存在が裏付けられました。またPPCでは、光・音いずれにも無差別に反応する「バイモーダルニューロン」が成体期に増加し、単一感覚に特異的なニューロンの割合が低下するという、感覚統合機能の専門特化の喪失も確認されました。
一方、出生時から生涯にわたるTHIP投与は、社会性・発声回路・感覚統合のいずれも完全に回復させましたが、離乳期までの短期投与では効果がありませんでした。また、THIPは社会性を回復させたものの、てんかん表現型は改善せず、社会的退行とてんかんは異なるメカニズムに基づく可能性が示唆されました。
本研究は、ASDにおける社会的退行が、初期の兆候・見かけ上正常な潜伏期・その後の顕在化した衰退からなる多段階プロセスであることを示しました。さらに、GABA作動性ニューロンのアポトーシスという細胞・回路レベルの直接的な証拠によって、この多段階プロセスを動物モデルで初めて示しました。ただし、感覚障害と社会性障害の直接的な因果関係やアポトーシスのメカニズムは今後の課題として残されています。