代謝・精神神経
GLP-1の類似体であるGLP-1受容体作動薬は代謝性疾患に対する治療薬として広く臨床利用されていますが、その神経・精神的な作用やメカニズムについては十分に解明されていませんでした。本論文では、GLP-1受容体作動薬の一種であるリラグルチドがGLP-1受容体とは独立した、腸内細菌叢を介した経路で神経に作用することでうつ状態の緩和に寄与していることを明らかにしました。
強制水泳や尾懸垂において不動時間が通常マウスより長く、スクロース嗜好性が低下しているといううつ様行動が確認された慢性予測不能ストレス(CUS)マウスにリラグルチドを投与すると、うつ様行動の緩和が確認できました。GLP-1受容体のアンタゴニストであるExendin(9-39)の併用投与時や、GLP-1受容体欠損マウスでもうつ様行動の緩和が確認されましたが、抗菌薬の投与によって腸内環境を除去したマウスではこの効果は消失しました。このことから、リラグルチドによる抗うつ効果はGLP-1受容体を介さず、腸内細菌叢を仲介者とする経路によるものであることが示されました。
では、どの細菌がリラグルチドの抗うつ効果に関連しているのでしょうか。16S rRNA解析とメタゲノム解析によって、リラグルチド投与後にLactobacillus delbrueckiiが顕著に増加していました。共培養実験から、リラグルチドはL. delbrueckiiに対して直接的に作用してその増殖を促進していることが分かりました。
次に、著者らは腸内細菌に作用するリラグルチドがどのようにして脳に作用するのかを調べました。糞便や血漿の代謝物解析の結果、L. delbrueckiiの増加に伴って、シナプス伝達の強さを調節する役割を持つ2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)の濃度が上昇していることが分かりました。しかし、この細菌自体は2-AGを直接作る酵素を持っておらず、2-AGの前駆体であるジアシルグリセロール(DAG)の産生を促進し、これを材料として宿主側の酵素が最終的に2-AGへと変換していることが分かりました。全脳の神経活動マッピングの結果、2-AGは扁桃体基底外側核(BLA)および視床下部背内側核(DMH)へ作用していることが分かりました。CUSマウスではこれらの領域において過剰な神経活動が認められましたが、リラグルチド投与マウスからの糞便移植やL. delbrueckiiの定着、2-AGの投与によってこの過活動が正常に戻りました。
以上より、リラグルチドの投与によって腸内でL. delbrueckiiが増加し、DAG産生を促進することで宿主内の2-AG量が増加します。この2-AGは脳のBLAおよびDMHの神経過活動を正常化することで、抗うつ行動を示すという経路が明らかになりました。これらの知見は、GLP-1受容体作動薬の受容体を介さない作用機序を明らかにするとともに、腸内細菌叢がうつ病の新たな治療標的となり得る可能性を示しています。