腸・消化管
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)は、腹痛や下痢・便秘を主症状とする腸疾患です。ストレスが主な発症要因となることが知られており、IBSで見られる腸管の機能異常については脳の活動との関連が指摘されてきました。
広IBSでは、内臓痛などの症状が不安や緊張といった精神症状を増悪させることも報告されています。このような、抹消の感覚(特に痛覚)情報を統合して行動・情動を調節する機能を担うのが、島皮質(Insular Cortex: IC)と呼ばれる脳領域です。従って、IBSにおける腸管の機能異常と精神症状の背景としてICの過活動が考えられますが、IBS発症に対するICの寄与の詳細は明らかにされていませんでした。
加齢とともに記憶力が衰えることは、長らく「脳が老いるから仕方ない」と思われてきました。しかしこの研究は、記憶障害の本当の原因が腸内細菌にあることを、分子レベルで明らかにしました。
まず研究チームは、老マウスと若マウスを同じケージで1か月飼育すると、若マウスの短期記憶が低下することを発見しました。老マウスの便を若マウスに移植しても同じ記憶障害が再現され、逆に抗生剤で腸内細菌を除去すると記憶が回復しました。これにより、腸内細菌叢が記憶障害の原因であることが確立されました。さらに詳しく調べると、加齢とともに増加する特定の菌(Parabacteroides goldsteinii)が主犯と判明。この菌だけを無菌マウスの腸に定着させるだけで、健康な若マウスの記憶が失われました。
脳への影響を調べると、記憶に深く関わる海馬のニューロン活動が低下していました。しかし神経の構造自体には変化がなく、「回路の構造」ではなく「神経活動のパターン」に問題があることが示されました。
では、腸の菌はどうやって脳に影響するのでしょうか。この菌が産生する中鎖脂肪酸(MCFA)がGPR84という受容体を介して腸管・脂肪組織の免疫細胞を活性化し、炎症性物質が迷走神経のセンサーを直接抑制することが分かりました。実際に迷走神経の特定のニューロンを化学的に抑制すると若マウスでも記憶障害が起き、逆に老マウスのこのニューロンを強制的に活性化すると記憶が若マウスと同等まで回復しました。
特に驚くべきことに、炎症は腸管と脂肪組織にのみ局在しており、脳内には広がっていませんでした。脳が炎症を起こしていないにもかかわらず、末梢の局所炎症だけで記憶が障害されるという発見は、これまでの常識を大きく覆すものです。GPR84を阻害する薬を投与すると老齢マウスの記憶が回復したことも確認されており、腸内細菌・迷走神経・GPR84という脳の外側に、新たな治療の標的が存在することが示されました。「記憶障害は脳だけの病気ではない」という新たな視点を提示した、非常に重要な研究です。