Topics No.86

大脳島皮質の過活動が引き起こす過敏性腸症候群

腸・消化管

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大脳島皮質の過活動が引き起こす過敏性腸症候群

過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)は、腹痛や下痢・便秘を主症状とする腸疾患です。ストレスが主な発症要因となることが知られており、IBSで見られる腸管の機能異常については脳の活動との関連が指摘されてきました。

広IBSでは、内臓痛などの症状が不安や緊張といった精神症状を増悪させることも報告されています。このような、抹消の感覚(特に痛覚)情報を統合して行動・情動を調節する機能を担うのが、島皮質(Insular Cortex: IC)と呼ばれる脳領域です。従って、IBSにおける腸管の機能異常と精神症状の背景としてICの過活動が考えられますが、IBS発症に対するICの寄与の詳細は明らかにされていませんでした。

IBS症状は、間脳視床下部から副腎皮質にいたるストレス応答経路(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis: HPA軸)が駆動されてグルココルチコイドが放出されることがトリガーとなりますが、ICはこのHPA軸と機能的に深く連関しています。これを踏まえ、筆者らはICがHPA軸を介してIBS発症に寄与するのではないかという仮説のもと、IBS症状を再現したモデルマウスを作製し、ICにおける神経活動とIBS様症状・行動の関連を調べました。

筆者らがマウスの全身を10日間にわたって拘束したところ、排便頻度や便中水分含有率の上昇といったIBS症状が認められました。なお、こうした慢性的な拘束ストレスを付与する手法は古典的なIBSモデル作製法として知られています。さらに、オープンフィールド試験・十字迷路試験といった不安行動の有無を調べるテストを行ったところ、拘束モデルマウスでは不安行動が亢進していました。その上で、神経細胞の活性を測るマーカーであるc-fosの免疫染色をマウスの脳で行ったところ、拘束モデルマウスのICではc-fos陽性の細胞が増加しており、ICの活動が亢進していることが分かりました。

続いて筆者らは、人工の受容体を発現させ対応するリガンドで細胞の活性を操作する化学遺伝学(Designer Receptor Exclusively Activated by Designer Drugs: DREADD)の手法を用い、ICの神経活動を調節した際のIBS様症状・行動を観察しました。その結果、拘束モデルマウスのICの活動を亢進させると諸症状が増悪した一方、抑制するとそれらが緩和されることが分かりました。

ICの活動とIBS症状の相関が強く示唆されたところで、筆者らはHPA軸との関連に注目しました。拘束モデルマウスにグルココルチコイド受容体の阻害剤を腹腔投与するとIBS症状や不安行動が緩和された一方で、HPA軸の起点となる副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンを腹腔投与するとそれらが増悪しました。最後に、神経活動を広く抑制するラモトリジンを腹腔投与したところ、IBS症状および不安行動は緩和されました。そしてこうした諸症状の緩和・増悪は、ICの活動の抑制・亢進と同期していました。

ICの神経活動、HPA軸、そして不安行動を含めたIBS症状は専ら双方向的な表現型であり、先行研究を勘案しても、それらを結んでIBS発症に至らしめる特定の分子機序を明らかにできたとは言い難いのが現状です。しかしながら、行動の変容を含めたIBS症状とICの活動の相関を明確に示し、HPA軸を構成する各種分子との関係性も示唆した点において、意義深い研究と言えます。

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