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PDE4阻害剤が腸過敏性腸症候群を改善過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome, IBS)は、慢性的な腹痛あるいは下痢、便秘などの症状を呈する機能性腸疾患です。本来は腫瘍や炎症などの器質的病変が腸管に認められない疾患ですが、重症化・慢性化すると微細な腸炎を来すことが知られています。内臓知覚過敏や消化管運動異常、腸管バリア機能の低下などが密接に関連しあうその病態生理は極めて複雑ですが、近年の研究で、腸管神経系においてニューロンを支持・栄養しつつ多彩な生理機能を担う腸管グリア細胞がIBSの発症メカニズムに関与することが示唆されています。グリア細胞は多様な炎症性サイトカインや疼痛メディエーターを放出することから、特に微小炎症や内臓痛などの症状への寄与が想定されます。 広汎な抗炎症作用を示す薬剤には様々なものがありますが、乾癬や乾癬性関節炎の治療薬として知られているものにホスホジエステラーゼ4(PDE4)阻害剤の一種であるアプレミラストがあります。PDE4は細胞内セカンドメッセンジャーであるcAMPを分解する酵素であり、その活性上昇は細胞内cAMPレベルの低下とそれに次ぐ炎症性応答を促進するのですが、アプレミラストはそのPDE4を阻害することで強い抗炎症性を示します。筆者らは、腸炎を引き起こす古典的なモデルであるTNBS誘導性IBSマウスを用い、アプレミラストの新規IBS治療薬としての機能性を腸管グリア細胞に注目して評価しました。 TNBS誘導性IBSモデルマウスでは大腸の短縮や水溶性便といった腸炎症状が認められていましたが、アプレミラストを投与することでこうした症状が改善しました。次に腸管の組織サンプルを解析したところ、BDNSやSubstance Pといった疼痛メディエーター、IL-6やTNF-αなどの炎症性サイトカイン、iNOSやNOX2などの酸化ストレス応答因子の発現がIBSモデルマウスで上昇し、アプレミラストの投与によって抑制されることが認められました。 続いて腸管グリア細胞株CRL-2690や初代培養腸管グリア細胞に各種炎症性サイトカインを投与し、in vitroで炎症環境を再現しました。この時、IBSモデルマウスで発現が亢進していた上記の各種メディエーターの発現はやはり上昇していましたが、アプレミラストの投与によってこれが抑制されました。以上のことから、アプレミラストは腸管グリア細胞に作用してIBSにおける炎症を改善している可能性が示唆されました。 PDE4は、最終的には抗炎症作用を示す各種因子の転写を促進するNfr2と呼ばれる核内因子を減少させることで炎症応答を引き起こします。筆者らは、Nfr2をノックアウトした遺伝子改変マウス(Nfr2KOマウス)の腸管グリア細胞を培養し、先ほどと同じように炎症環境を再現する実験を行いました。その結果、Nfr2KOマウスでは炎症性サイトカインを投与した際に各種ストレス応答因子が増加しましたが、アプレミラストの投与による抑制がみられなくなっていました。このことから、アプレミラストは実際にPDE4に作用してこれを阻害し、腸管グリア細胞におけるNfr2シグナル経路を促進することでIBS症状を改善している可能性が強く示唆されました。 アプレミラストがIBSや炎症性腸疾患の治療に用いられた例はなく、今回報告された治療薬としてのポテンシャルは目新しいものになります。腸管グリア細胞を標的とするその作用機序が分子レベルで報告されたこととも相俟って、機能性腸疾患の病態生理研究を加速することが期待される研究と言えます。
紹介論文: PDE4 inhibitor apremilast ameliorates TNBS-induced irritable bowel syndrome in mice by activating the Nrf-2 signaling pathway in enteric glial cells. Acta Pharmacologica Sinica, 2026 January; 47(1): 135-147