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乳酸はがんの幹細胞性と可塑性を制御腸管がん細胞は、幹細胞と分化細胞の階層構造を保持し、分化細胞から幹細胞への可塑性が存在することが知られていましたが、その詳細なメカニズムは不明でした。
筆者らは、ヒト大腸がんオルガノイドモデルと独自開発の細胞追跡技術「CellPhenTracker」を用いた実験と解析を行いました。その結果、分化したがん細胞が高解糖性で乳酸を産生・分泌する一方、がん幹細胞は酸化的リン酸化に依存し、細胞内の乳酸レベルが低く、かつ高い乳酸取り込み能力を持つことを明らかにしました。このことから、がん細胞サブタイプ間で代謝が異なり、乳酸を介した細胞間相互作用があることが示唆されました。さらに、高乳酸条件下ではがん幹細胞の割合が著しく増加し、特に分化したがん細胞が幹細胞状態へと脱分化するプロセスが促進されることを確認しました。
メタボロミクス解析とウェスタンブロット解析により、乳酸処理が細胞内のアセチルCoAを増加させ、ヒストンアセチルトランスフェラーゼの活性を介して、H3K27acやH3K9acなどのヒストンアセチル化レベルを顕著に上昇させることが判明しました。このヒストンアセチル化は、クロマチンアクセシビリティの向上を促し、特定の遺伝子の転写を活性化させます。特に、高乳酸条件下ではMYCがん遺伝子座において著しい転写増加とMYCタンパク質レベルの上昇が観察されました。
また、MYCの活性化はエピジェネティックリーダーであるBRD4タンパク質に依存していることも明らかになりました。BRD4を阻害すると、乳酸によるがん幹細胞の増加や脱分化が抑制されることがわかりました。
以上より、腫瘍微小環境における高濃度乳酸が、乳酸代謝に起因するアセチルCoAの増加を介し、ヒストンアセチル化とクロマチンリモデリングを誘導することで、最終的にBRD4依存的にMYCの発現を亢進させることが明らかになりました。これは乳酸ががん幹細胞の維持と細胞可塑性を促進するという、新たなメカニズムを確立するものです。本論文は、乳酸代謝そのものや、BRD4のようなエピジェネティックな因子を標的とすることが、がんの再発や治療抵抗性を克服するための有望な戦略となり得ることを強く示唆しています。
紹介論文: Lactate controls cancer stemness and plasticity through epigenetic regulationCell Metabolism, 37, 903-919, 2025.