トピックス
食欲を抑制する多臓器間神経ネットワーク消化管ホルモンの一種であるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)は、小腸や大腸に分布する腸内分泌L細胞から分泌され、インスリン分泌を促進して血糖値を低下させるほか、胃の蠕動運動の抑制と食欲の抑制を引き起こすことが知られています。食欲抑制作用は食餌後すみやかに起こりますが、血液中に分泌されたGLP-1が数分以内に分解されること、GLP-1の前駆体であるプログルカゴンの発現量は胃から離れた小腸下部や大腸で最も多いことから、食餌成分が小腸下部や大腸に達してGLP-1が血液中に分泌され、胃や脳に到達するよりも早く、局所的なGLP-1分泌をきっかけとする速い神経シグナルの伝達が起きている可能性が提唱されてきました。特に、副交感神経の一種で胃に投射する迷走神経がGLP-1を感知し、視床下部に食欲を抑制するシグナルを伝達することが近年明らかになっています。
マウントサイナイ医科大学の研究チームは、小腸下部にGLP-1を注入したり、小腸下部のL細胞を人工的に刺激したりすることで、胃の蠕動運動が抑制されて膨張し、食欲も抑制されることを見出しました。病原性を持たず神経に感染するウイルスを用いた実験により、GLP-1を感知する小腸下部の交感神経が腹腔の神経節を通って胃に投射し、さらに胃から伸びる交感神経が脊髄を経て視床下部に投射すると分かりました。GLP-1が分泌されると、腸神経→腹腔神経節→胃神経→脊髄→視床下部という順序でシグナルが伝達され、その後視床下部から顎や舌に投射する神経が筋肉を収縮させて食欲を抑制する、という一連の神経回路が明らかになりました。
興味深いことに、一連の実験で小腸下部にGLP-1を注入した際、血糖値は変化しませんでした。また、腸神経を切断して視床下部に至るシグナル伝達を遮断すると、GLP-1注入時の食欲は抑制されましたが、安静時の食欲は変化しませんでした。このことから、小腸下部で分泌されるGLP-1を起点とした神経回路は、安静時の食欲制御にはたらくのではなく、食餌直後の蠕動運動を適切な範囲に制御し栄養吸収障害を防ぐ役割があるのではないかと考えられます。
GLP-1は糖尿病治療に向けた創薬標的として注目されていますが、現在臨床使用されているGLP-1受容体作動薬には胃の麻痺や吐き気といった副作用が指摘されています。吐き気の誘発に関与している脳領域は本研究で明らかになった神経回路と無関係であったことから、腸神経のGLP-1受容体を標的とした薬剤開発により、副作用の少ない治療が実現できると期待されます。
紹介論文: An inter-organ neural circuit for appetite suppression. Zhang et al., Cell , 2022 In press
